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明日まで、というギリギリのところで、行くことができました。
原田治展「かわいい」の発見 @世田谷文学館

このあと全国を巡回するらしいので、写真は少なめに、紹介がてら感想を。
 

原田治といえば、OSAMU GOODS。
 

ポテトチップスやECCも。それだけでも十分な価値があるけれど、もちろんそれだけではありません。
 

いきなりガツンとやられました。入ってすぐに子どものころの絵があり、こりゃすごいわと。
 

若いころの仕事もよくて。これは、ペーター佐藤氏との合作の「an・an」。このころは、ふたりの合作も多かったそう。
こういう絵と文のページ、小さいころから見るのが好きでした。というか、本当はこういうのを書く人になりたかったんです。私自身が。25歳のときには、まだそう思っていた気がします。
 

展覧会のタイトル通り「かわいい」をたくさん発見。
原田治さんの考える「かわいい」をじっくりじっくり味わい、かわいいの骨子となっている「基礎」と、かわいいの表層にある「直感」を吸収したい。
最近の私のテーマは「直感と基礎練習を大切に。」だから。
 

原田治氏、ペーター佐藤氏、安西水丸氏、新谷雅弘氏(アートディレクター)の4人が「パレットくらぶ」と名付けたグループを結成し、作品展をひらいたり、スクールを開講したりしたことは知っていました。この展示を見て、さぞや刺激的だったろうなと、ひたすら羨ましくなりました。私もこういう仲間を探そう、そのためにもっと自分の力を磨こう、なんて思っていると…。
 

ふっと現れたんです、これらの作品が。島に建てたアトリエで、還暦後に描いていたという抽象画。なぜだろう、涙が出そうに。
原田さんは、もともと抽象画家になりたかったと、それまでの解説パネルに書いてありました。この作品の解説を読むと、「これらの作品は、仕事で描くイラストとは対極のもの、だれにも見せるつもりのないもの」とあり、また涙が出そうに。
原点に戻る。内なる自分に戻る。戻るために、自分を費やす。費やして、内なる自分を外へだす。涙が出るのは、そこにものすごくピュアで強い力を感じたから。作品が生まれる過程と、作品そのものに。でも泣いてる人なんていないから、困りました。
 

さて、次の黒い壁のコーナーに入ると、今度はまた違う刺激が飛び込んできます。そこは原田さんが影響を受けた画家とその作品を紹介するコーナー(だから撮影不可)。
宮田重雄という挿絵画家の作品があり、その隣にこんなことが書かれていたのです。撮影ができないので、言葉を覚えて、スマホにメモしました。(この言葉は、原田治著『ぼくの美術帖』からの引用のようでした)

 絵に気品が具わるのは、
 技巧がたくみであって、
 しかもその技巧が
 前面から身をひくときです。

冒頭の「絵」を「文」に置き換えてみると…。

 文に気品が具わるのは、
 技巧がたくみであって、
 しかもその技巧が
 前面から身をひくときです。

私は気品のある文を読むと、泣いてしまうことがあります。いちばん最近だと7月の前半、ルコの学校で教材に使われていた、志賀直哉の『小僧の神様』を読んで。泣いている私を見て、ルコが「いいな」と言ったのを覚えています。

今度は「絵」を「人」に置き換えてみます。
「技巧がたくみ」は、たとえば「知性がゆたか」にして。

 人に気品が具わるのは、
 知性がゆたかであって、
 しかもその知性が
 前面から身をひくときです。

さらに、「知性」を「好奇心」や「ヤル気」なんかにしてみると、気品というものの正体が、よりくっきりとしてきます。技巧も知性も好奇心も、それらをしっかり満たしたうえで、きちんと前面から身をひいている。それが理想。
そういえば、私は最近「行き過ぎたポジティブ」にうんざりしていて、その理由も、ここにあるのかもしれません。それについては、またゆっくり書こうと思います。

 

学びの多い展覧会だこと。
忘れないようにしないとね。そして自分を動かさないと。

原田治さん、ありがとうございます。